2013年10月09日

チンピラどもが、夢の跡。[ヒーローショー]

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『ヒーローショー』
製作:2010年・日本
監督:井筒和幸(『パッチギ!』『岸和田少年愚連隊』)
脚本:吉田康弘(『キトキト!』)、羽原大介(『パッチギ!』『ゲロッパ!』)、井筒和幸
出演:後藤淳平、福徳秀介、ちすん 他
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バラエティ番組に出演している時の井筒監督がキライで、あまり彼の作品を観ていません。
『ゲロッパ!』(フツー。)、『黄金を抱いて飛べ』(ビミョー。)はイマイチでした。

ライムスター宇多丸さんの評価が良く、私の前に見た相方の評価も割りと高くて。
公開時は1ミリも興味がなかったのですが、ならば、と観賞しました。
前作とか、監督の人格とか、そういったのは一切排除したつもりです。。

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お笑い芸人を目指しながらも将来の展望もないまま、
中途半端な毎日を送る気弱な青年ユウキ(福徳)。
彼は、元相方の先輩・剛志に誘われヒーローショーのバイトを始める。
そんなある日、バイト仲間のノボルが剛志の彼女を寝取ったことから、
2人はショーの最中に大乱闘を繰り広げる。
怒りの収まらない剛志は、知り合いのチンピラにノボルを痛めつけるよう頼み込む。
散々にやられたノボルは、仲間のツテを使い、
かつて地元で一目置かれる不良としてならした元自衛官の勇気(後藤)に報復の助っ人を依頼する。
やがて一連の抗争は張本人の剛志とノボルが怖じ気づくほどにまでエスカレート、
その渦中にユウキもなすすべなく巻き込まれてしまい…。
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観賞前後で印象が180度変わる映画でした。

公開時のキャッチコピーは以下↓↓↓


彼らの暴走は止まらない!
青春★バイオレンス★エンターテインメント!!

敗者復活戦、ねぇのかよ?
…もう一度生き直させてくれよ!




「敗者復活戦」なんかねぇよ!!何、その無駄な「★」の羅列。

…宣伝活動って難しいですね。


こんな能天気な映画ではありません。


本作は、"暴力は暴力しか生まない。その連鎖では何も解決しない。"
という意味を込めた、バッドエンドの映画だと思います。
ただ、面白かったのですが、
色んなところで言われている程の作品かなあ、と、ちょっと疑問符。



話はシンプル。やられたらやり返す。先取り半沢直樹。
ただし、こちらは暴力対暴力、短絡的な抗争から生まれる浅はかな悲劇です。
半沢直樹とは違い、知恵のない人達の報復の連鎖なんて、スッキリしませんよ。


序盤から中盤にかけては、非常にリアリティを重んじていると思います。
特に暴力描写や、若者の日常感。
都会とプチ田舎の対比や、薄く軽い人間関係など、
非常によく表れていると思います。

現実にあった事件が元になっているということで、
それに則した流れにはなっているのだろうけれど、
どう転ぶかが一切予想できない、不穏な空気感の勝利とでも言いましょうか、
映画作品としてのテンプレは、本作には該当せず、不穏な緊張感が全編通してありました。
その緊張感がまた、妙にリアルで、その辺のバランスも絶妙です。

前半の暴力描写が嫌悪感がハンパない、というレビューをいくつか見ましたが、
薄暗さが若干緩和してくれてはいるものの、確かにリアルだとは思います。
但し、この描写がチープなほど、作り物感が映画をつまらなくしてしまうこともあるので、
これも成功だと思います。


ただ、中盤から後半にかけての人情劇で、中心人物が明確になってしまうので、
(まあ、ジャルジャルが主演と謳っているしね。)
その後の展開が予想できてしまったのが少し残念でした。
どこまでも予想がつかないラスト、しかもそこに救いがない方が、個人的には好みだったかなあ。
それと、明確に中心人物に焦点を絞ったことで、
他の登場人物の描写が一切なされません。
まあ、大体想像はつくけれど、私は一瞬映すだけでもいいから、
ことの顛末としてちゃんと描いて欲しかったなと思います。
(説明くさくならない方法はいくらでもある気がするのだ。)


唯一最後まで描かれた主役2人の顛末は、まあ当然の報いですが、
私は、あの事件に関わった人間全員に感情移入が出来ないので、
全員が同罪だと思っています。
だから、勇気(後藤)とユウキ(福徳)に与えられた運命に、少し納得がいかない。
(ちなみに一番許せないのは寝取ったレッド野郎なんだけど。)
この映画の後日談として、きっと全員が何らかの罰を受けることにはなるんだろうし、
こういう団体で起こした事件について、必ずしも全員が平等に罰を受けるとは限らない。
そんな不条理も含めてのリアリティなんだと理解しました。

…でも納得できないので、この話、私は好きじゃないなあ、という結論なのです。


キャストについて。
ジャルジャルの起用はとても良かったと思います。(相方は特に後藤を褒めていました。)
後藤は、凶暴だけど中身は純粋で一本気な田舎のチンピラ、
福徳は、適当で軽薄で、人間的に弱い元芸人、
2人ともぴったりでした。イメージ通り。他キャストも合っていて、悪くなかったと思います。
特筆すべきは、ジェントル君。何あの雰囲気。素晴らしかったです。
少しだけ知っている(大学時代のバイト先が一緒でした。私のことは覚えてないだろうけど。)という贔屓目なしで、
彼がこの作品の不穏な緊張感を煽る存在として、一番輝いていたと思います。
だってすごく良い人だったのに、映画で見たら怖かったんだもの…。


映画としての出来は良いと思いますが、個人的には色々と消化不良な映画でした。
ただ、女子よりも男子にウケる映画だと思うし、
劇場で見たらもう少し違ったかなと思います。勿体無かったかしら。


…しかし、映画の予告編て難しいですね。
"こういうの期待して観に行ったのに!!!"と憤慨する場合もあれば、
"予想外で面白かった!!!"と逆に絶賛になる場合もある。それが醍醐味とも言えるんだけどね。
この映画は完全に騙されました。これが、吉と出たか、凶と出たか。
そこで、評価が分かれそうな映画だと思いました。
posted by tanako at 19:23| Comment(0) | やっぱり邦画がすき。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

小さくない、悪戯。[小さな悪の華]

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『小さな悪の華』
製作:1970年・フランス
監督:ジョエル・セリア
脚本:ジョエル・セリア
出演:カトリーヌ・ヴァジュネール、ジャンヌ・グーピル 他
【公開時コピー】
「地獄でも、天国でもいい、未知の世界が見たいの!
悪の楽しさにしびれ 罪を生きがいにし 15才の少女ふたりは 身体に火をつけた」
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『悪の華』というマンガがあります。
これと同じく、ボードレールの詩集『悪の華』から邦題をつけたと思われますが、
原題は『Mais ne nous delivrez pas du mal』で『悪から救わないで』というような意味のようです。
(翻訳サイトいくつか比較したんだけど、全部意味がしっくり来ず。違ったらすみません。)

モチーフとなったのは、女流作家アン・ペリーが起こした過去の殺人事件だそうで、
こちらはピーター・ジャクソン監督で『乙女の祈り』として製作されてます。
一緒に借りたのでこっちも観たいのだけど、取り急ぎ、町山さんの本で読んだ本作からの鑑賞。

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15歳の少女、黒髪のアンヌとブロンドのロールが主人公。
寄宿学校に通う二人はバカンスを利用し、
盗みや放火、また牧童を誘惑したり庭番の小鳥を殺害したり、
悪魔崇拝儀式を取り行うなどの残酷な行為を繰り返していた。
やがて二人の行為はエスカレートし、死の危険を孕んだ破滅的な終局へ向かっていく。
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2人の少女の危うい関係が描かれていますが、
どちらかと言うと、お互いへの思慕や恋愛感情よりも、
思春期の少女達がする大人ぶった遊び、そしてその延長線上に起こる悲劇、という印象。

『乙女の祈り』はまだ観ていないのだけど、そちらのあらすじと
アン・ペリーの殺人事件の概要を読んだ限りでは、そこが少し違うかな、と思った点です。
1970年のフランスでは、同性愛的な描写がアウトだったんでしょうか。
自国では上映禁止(製作国なのに…)、日本とアメリカでは上映されたそうです。


本作では、思春期の悪戯が、徐々にエスカレートします。
それは、彼女達から見れば、気に入らないからちょっと懲らしめてやろう的な、
どちらかと言うと、罪悪感の薄い行為です。

嫌いな寄宿舎の先生の同性愛をチクったり。
使用人の飼っている小鳥を殺したり。
襲われそうになった羊飼いの男性の家に放火したり。
最終的には、車が故障した旅行者男性を家に招きいれ、誘惑に乗ってきた途端に殺したり。
まあ、何というか、悪戯が過ぎた立派な犯罪行為です。

(ちなみに、"襲われそうに"の描写が結構生々しいです。だからダメだったのかな。余談。)

本作において、語られるのは思春期ゆえの危なっかしさではありますが、
私は、その主導権が黒髪のアンヌにあることで、
ある種、盲目的な巻き込まれ事故のようにも見えました。

起こした事件は全て、人目を惹く美少女であるロールを利用しているので、
大人たちを翻弄してするのはロールなのだけど、首謀者である悪女はアンヌの方かなと。
なので、結局のところ、アンヌの"何てつまらない日常!"という鬱憤が、
ロールの存在によって解消されたことに味を占めて、
単なる遊びだったはずのいたずらを、どんどんエスカレートさせたのかなと。
そう考えると、ロールはアホの子で、ただただ、盲目的にアンヌを好きだし、
主従的な関係こそ見えないものの、いいように使われているように見えました。主に体をね。

まあ、思春期の女子って、多かれ少なかれ、上下関係はきっとあるものだよね。
それをそれとして認識してないだけで。
その危うさも思春期の描写として、効果的だなと思いました。

最後の事件が露呈したとき、アンヌとロールは、
お互いが引き離されることを嫌がり(ここでも罪悪感じゃなく)、とある暴挙に出ます。
このシーンが、まあクライマックスで、衝撃的な展開だと思います。

学芸会の日。2人は詩の朗読を出し物として、舞台上に上がります。
そして朗読が始まるのですが、その内容は多分、
決して健全な少年少女が読み上げて微笑ましいものではなかったかなと。
(ゴメンナサイ。私はアホなので理解できませんでした。)

ただ、それを『可愛いわね〜。』とか言いながら見ている保護者達の描写は興味深かった。
舞台と観客席で、圧倒的に明確な区切りがあるんですよね。
舞台上で読み上げられている詩の意味は少女達の主張。悲痛な叫び。
そしてそれを聞きもせず、天使姿の衣装だけ見て満足している大人たち。
天使達が自ら行った土壇場の幕引き劇は、その境界を壊そうとする行動だったとも取れるかなと。

暗喩、とまではいかないかもしれないけれど、
低予算でチープな映像の中でも、考察すると色々と意味があるような気がして、
これはこれで面白かったかな、と思いました。


"思春期の少年少女"は非常に危うくて、
故に、ドラマチックにもなり得るので、題材となる作品は多い気がするし、個人的にも好きです。
発想が短絡的かつ極端で、善悪の区別がつかない。
罪の意識もないまま、深く考えずに突き進んでしまうその姿に、
昔も今も、大人たちは振り回されてしまうのだろうと思います。

とはいえ、危うさも度が過ぎると、自分とは別世界の人間として、
こうならなくて良かった、とも思えるような反面教師的な作品もあります。
本作はそっちだね。

悪戯も思い込みも程々に、平和が一番ですね。

観てから時間が経ったのと、観終わった後の感想として、
あまり印象に残らなかったので、無理矢理まとめました。
…フランス映画ニガテだなあ、私。

題材と過激描写に興味がある方は、過度に期待せずにどうぞ。
posted by tanako at 19:16| Comment(0) | クラシック洋画キャンペーン。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

青空と雪原と、笑顔。[南極料理人]

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『南極料理人』
製作:2009年・日本
監督:沖田修一(『キツツキと雨』『横道世之介』)
脚本:沖田修一
出演:堺雅人、生瀬勝久
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DVDで鑑賞しました。初めて観たのは3年前。
久々にディスクを見つけて、ああ観たいなと思い、ディスクIN。

ずいぶん前に見たのに、ふと思い出す映画ってあるじゃないですか。
本作は私にとって、そういう映画の代表格です。
公開時に映画館で見れなかったので、その後悔が未だにあるくらい、好きな映画です。

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南極観測隊員のひとりである西村淳(堺雅人)の任務は、
南極大陸のドームふじ観測拠点(標高3810 メートル)で
越冬する隊員8名分の食事を用意することだった。
西村は限られた食材と特殊な環境の中、
隊員たちを飽きさせないメニューを作るために奮闘する。
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南極の基地常駐の観測隊(??)のオジサン達の一年間を、調理担当者目線で描いた作品です。
日常系というのか、ロードムービーというのか、まあ、そんな感じです。
でも、全く退屈ではありません。

オムニバスっぽいので、「刑務所の中」とよく似てるな、と当時は思いました。
全編通してひとつひとつのエピソードに、笑いが散りばめられていて、それがとても心地良いです。
エピソードも、1つ1つ丁寧に描かれてているので、もっと軽いかなと思ってたら、意外と濃厚な2時間。
脚本も演出もよく出来ているし、何よりも映画全体の空気感がとても良いです

ペンギンもアザラシも居ない、菌さえも生存できない過酷環境の映像と、
うってかわって基地内の、何ともユルい日常風景。
その映像ギャップが、良い感じに映画を単調にせずに見せていると思いますし、
何よりも、私達一般人にとっての非日常だからこそのエピソードが興味深いし、飽きない。

そもそも原作がエッセイなので、ある程度のリアリティは当然のこととして、
一見すると単調なルーティンワークの中で、少しでも楽しみを見つけながら、
人とは少し違う日常を一生懸命過ごしている姿が、とても魅力的です。
『ここが電車で通えるところならいいのに…。』というセリフには、
やりたいことと現実のギャップに苦しむ現代社会人すべてに通じる葛藤が描かれているように思いました。


そんな本作の中で、 南極での観測業務には直接関係ないけれど、
生活必需品的な調理担当者は、その存在がまるで空気のように描かれています。

食事タイムがメインな映画なのに、誰ひとり『美味しい。』とは言わない。
『飯食いに南極に来てる訳じゃないからさー。』とか、無神経なことも言われる。
それでも、毎回の食事は抜群に美味しそうで。
いつも笑顔で、時には困った顔で、料理人はみんなの食事を見守るんです。

ただ、彼にも色々と思うところがあって後半ボイコットするんですが、
その後の『西村君、おなか空いたよ…。』と言われるシーンからの下りがとても素敵で、
最後の団欒シーンは、完全に家族に模した風景になっています。
お父さんが居て、おじいちゃんが居て、息子達が居て。もちろん西村料理人は、お母さん。割烹着がよく似合います。
お互いにぶつかり合いながら、次第に家族になっていくんですよね。


あと料理について凄いなあ、と思ったのは、
限られた食材で赴任期間の食事を賄うための創意工夫をしていること。
メインはラーメンの下りでしょうが、目つきが違ったよね、みんな。
表現が上手いなあ、と思いました。
(あれが事実ならば、調理担当者のスキルってすげーな、と。)


全編通して相当すきなんですが、中でも一番好きなのが序盤。
青空と一面の雪原が対比する美しい風景の中、
鮮やかなオレンジ色の防護服を着た、オッサン自転車2人乗り。
『本日のお昼ゴハンはおにぎりです。温かい豚汁も用意しています。』
…選挙カー!!!か、という笑いどころのシーン。
おにぎりの具材を、当たり目まで丁寧に説明してくれるんですが、
それに群がって走って来る、これまたオレンジ防護服のオッサン達。
この映画で一番可愛いシーンだなあ、と思いました・


主演の堺雅人は良いですね。
人畜無害そうな笑顔でさらっと毒を吐いたりする感じが素敵です。かなり好きです。
東京オレンジの頃は顔しか知らなかったけど、
いまや映画やドラマでは、欠かせない存在ですよね。
それほど演劇出身な感じがしないし、どちらかと言うと憑依型なのに穏やかな雰囲気も持っているから、
映像畑での主役としても違和感がないんでしょうね。

彼が注目され始めたのは大河「新撰組」の山南敬助です。
歴女ではないながら、新撰組には思い入れがある私の微々たる知識の中で、
山南氏は見せ場のある人ですよね。さりげなく副長だしね。
それを上手く演じたのだろうな、と思うと観てみたくなるなあ、「新撰組」。

ちなみにどうでもいいですが、この映画の堺雅人、個人的にどストライクです。
最初から良いんだけど、後半の伸びっ放しのロン毛さえも良い。
出演作の中で、一番好きですね。この役。

他のキャストも、お世辞抜きで、全員良かったです。
生瀬も、きたろうも、豊原功輔も、高良健吾も、すごく良かった。
あと、名前は知らないけどよく見る、他隊員の役の人(調べろや。)も。
堺雅人の娘役の子もうまい。息子も可愛かったし。西田尚美なんて最高です。

何度観ても、ほめちぎるコトしか出来ない映画なので、まだ見てない人は是非。
私は、2時間ずーーっと、ニヤニヤしながら観てましたよ。
posted by tanako at 22:16| やっぱり邦画がすき。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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