2013年09月14日

容赦なくバチを当てろ。[悪い種子]

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『悪い種子』
製作:1956年・アメリカ
監督:マーヴィン・ルロイ(『仮面の米国』『心の旅路』)
脚本:ジョン・リー・メイヒン(『白い砂』『我は海の子』)
出演:ナンシー・ケリー、パティ・マコーマック 他
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町山智浩さんの著書「トラウマ映画館」を読んで、一番見たくなった映画がコレです。
(次点は「フェーズW 戦慄!昆虫パニック」です(笑)。)

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ある少年が溺死するという事件が起きた。
クリスティーン(ケリー)は、少年の持っていた筈の金メダルを、
娘のローダ(マコーマック)の机の中に発見する。
ローダがメダル欲しさに少年を殺したのか?
そして、自分の中に殺人鬼の血が流れていることを知ったクリスティーンは、
ローダと共に無理心中を図るが……。
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1954年にウィリアム・マーチが発表した小説の舞台化作品を、
マーヴィン・ルロイ監督が映画化した作品です。
演劇さながら、場面転換の少ない長回しシーンが多く、会話劇で物語が展開します。
メインキャストは、ほぼ舞台版の方を登用したそうなので、役作りも完璧。
でもまあ、その中でも特筆すべきは、ローダ役のパティ・マコーマックでしょうか。
実年齢8歳のときにこの役を演じた、というだけでもスゴイっす。
(芦田愛菜ちゃんには無理でしょう。というかやらせるなよ!!!)
それと、リロイ役のヘンリー・ジョーンズ。
DVD特典映像で見た彼の風貌が米国紳士そのもので、180度違う印象の役を見事に演じていました。

さて。

私がこの作品に興味を持ったのは、やはり少年犯罪もの(とりわけサイコパス絡むと大好物。)だからですが、
町山さんが、酒鬼薔薇事件との関連性(直接というより、巡り巡ってという感じですが)を指摘していて、
俄然、興味が沸いた次第です。

※物凄く個人的な話ですが、酒鬼薔薇事件は何だかとても興味があって
名称が出てくるだけで、無条件にスルー出来ないんです。変な思い入れというか、何故かはよく分かりませんが。


また、上記関連性の部分も然りですが、、
「ヘイズ・コード」の影響で改変された結末部分、というのも非常に気になってしまい、
結局のところ、映画作品としての関心よりも、
作品にまつわる事情とか背景の方に惹かれて鑑賞したかたちになりました。


とりあえず、感想。

面白いのですが、舞台色が強いが故に芝居がかっているのでフィクション感が強いです。
だけど、ヘイズ・コードの影響を考えると、このフィクション感も監督の狙いなんだろうな、と。
もしかしたら、それは本意ではなかったかもしれないのだけれどね。

恐らく原作がよく出来ているのだと思います。

ローダという8歳の少女が出来る範囲での犯罪の描写が、シンプル且つ絶妙です。
ある物が欲しいという"動機"と、それを手に入れるために標的を殺す、という"方法"。
殺人ことに対して罪の意識がないから、
欲求に対しての行動として、"食べる"とか"寝る"とかと同じテンションで"殺す"わけです。

あと、8歳という年齢。
人の生死と向き合うには若干早いかな、という印象ですが、でも実行出来ちゃう知能は備わってますよね。
私達が認識している「人を殺してはいけない」という意識って、
成長過程のどこかで自然に芽生えるというよりは、周囲に教えられて認識するような気がします。
それも「何故ダメなのか」ということを理屈として考え始めるよりもずっと前に。
(「何故殺してはいけないのか」っていう質問に対して、自分の回答が正しい、という自信が私にはないんですが。)
8歳のローダは優等生であったが故に、その辺の教育課程がすっ飛ばされたのかなと。
(もちろん、親の教育不十分だとかもあるのだけどね。しっかり教育しとけやと。)
加えて、遺伝という(これも若干パワープレイと言えなくもないけど)要素が後押しして、
ローダという1人の幼いサイコパスが完成されてしまった訳ですよね。

そう考えると、設定自体にはリアリティが出てくるので怖い。。。

だからこそ、この設定を「いかに現実離れさせるか」というのが、
ヘイズ・コード下のアメリカでこの映画を公開にこぎつける条件であり、
結果的に、全編通しての演劇的な(端的に言うとオーバーアクションな)演出や、
原作と異なる結末、に繋がったのかな、と思いました。
(断っておきますが、私は演劇も大好きな人間なので、オーバーアクションに偏見はないです。)

ちなみに演劇的な演出の話で言うと、リロイの登場シーンがいちいち面白いです。
「リ・ロ〜イ。(和訳:リロイです)」と、ノックも呼び鈴もなしで入ってくるんですよ。
(↑文字だとあんまり伝わらないなー、残念。)
一応本編で説明されてるけど、自分の名前を言って登場するとかちょっと間の抜けた感じで笑えます。
リロイ自体は極悪キャラなんだけどね。


ちなみに結末の改変について。

そりゃまあ、絶賛されている原作小説の方が良いに決まってるよね。
以下、簡単に説明。

【原作】
無理心中失敗で、重症・失意の母+作戦成功で満面の笑みの娘。
→この後、絶対に母親を殺そうとするよね、と予想できる完全なバッドエンド。
【映画】
無理心中失敗後、娘はメダルを我が物にするため嵐の夜に1人で出かけ、落雷で死亡。
+ 舞台さながらのキャストによるカーテンコールと、母が「悪い子ね!」と娘のお尻を叩くという間の抜けたシーン。
→悪が勝ったまま終わることを避けたという、無理やりなハッピーエンド??

カーテンコールがなくても、"悪は裁かれるべき"という主旨は十分に伝わると思うのだけれど、
こんなにもあからさまに「これはフィクションですよ〜」感を出したところを見ると、
ヘイズ・コードって本当に厳しい規制だったんですね。まあ、だからこそ廃止されたんでしょうが。


道徳的か否か(それこそがヘイズ・コードの目的であり、規制対象基準だったようですが)と問われれば、
全然、道徳的な映画ではないです、本作。
反面教師的な意味でなら或いは、というところでしょうか。

現在ならば、リアリティ重視でリメイクすることも可能でしょうが、
そもそも当時とは文化も違うし、変にいじるのも難しいかなと。
『死の天使レイチェル』というリメイクが、あまり話題になってないところを見ると、
衝撃度も完成度も『悪い種子』には適わなかったんでしょうね。

少年犯罪もの、幼きサイコパスもの、というジャンルはコレが最初ではないのでしょうが、
遡って鑑賞したら、面白そうだな、と思いました。(出たよ、悪趣味が。)
ちなみにマーヴィン・ルロイ監督は、時代を先取りした題材への嗅覚も優れていたようなので、
彼の作品を辿ってみるのもまた面白いかも。
ちょっと探してみようっと。

posted by tanako at 09:48| Comment(0) | クラシック洋画キャンペーン。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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